2018年04月07日

さめないゆめ

私にとって高畑勲監督は、自分が感性豊かな少女であると信じて疑っていなかった時期に観たTVアニメ『赤毛のアン』。

才能が偉大であるのはもちろんなのですが、年を重ねてもなお、作品作りへのあくなき好奇心をアンのように持ち続けていた。
高畑監督のなにより尊敬する部分です。

ただまあ正直なところを言うと、その後三十代になって観直した『アン』はあれ?と思うほど、騒々しくて空気読めなくてイライラする女の子で、最終的に知性と感性にあふれた大人の女性に成長するのがわかっていながら、ラストまで観続けられなかった記憶があります。
しかしさらにそのずっと後、中年になって人生3回目(正確には2回半目か)に観た『赤毛のアン』は、どういうわけかびっくりするほど愛おしい目線でアン・シャーリーを見つめる自分がいたのです。
あいかわらず妄想癖が暴走している、ちょっとめんどくさい子という認識はあるのに。

これってあれじゃない?

私がマシュウとマリラ目線の年齢になっったってことじゃない?
(どっちかというとマリラ成分多めだが)



『火垂るの墓』における、自分が「親戚の叔母さん」目線になってしまって感想が変わった名作というカテゴリーでしょうか。
あ、これも高畑監督作品でしたね。

『赤毛のアン』はオープニングとエンディング曲もいいんですよね。
大人っぽくて、瑞々しくて。



きれいごとではすまされない年にはなってしまいましたが、まだ描きたい。できれば死ぬ直前まで描いてたい。
高畑監督作品はそう思わせてくれる存在なのです。


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Posted by いのうえさきこ at 07:43 │常なる日々