2018年04月04日

ノグソフィア

少し前の日記に「ウシグソヒトヨタケ」について書きましたが、その流れでキノコ関連に興味が出て来て、今回ちょこちょこ書籍や図鑑を購入し読んでます。
その中で衝撃を受けた一冊がこれ。



くう・ねる・のぐそ
自然に「愛」のお返しを(糞土師・伊沢正名著 ヤマケイ文庫)


著者である糞土師・伊沢正名氏はキノコや変形菌の写真家として著名な方なのですが、その別名はなんと「野糞先生」。

「野糞」を生涯のテーマとし、
自ら「野糞」を実践して生きている人なのです。

伊沢氏が野糞を始めたのが24歳のとき。
40歳には独自の「伊沢流インド式野糞法」を確立させ、その後トイレを使わず1000日続けて野糞をする千日行を成就させます。
さらなる鍛錬を積んだ現在では、イレギュラーな場合をのぞき、ほぼ100%近い野糞率を誇っているらしい。

どうして、伊沢氏がアウトドアでお尻を出す行為にいたったか。
一言で言うと「無駄」だから。

腐食連鎖では、ウンコや死骸、そして枯れ木や落ち葉を食べる動物がその一部を担うが、最終的には菌類(カビやキノコ)とバクテリアがそれらをすべて食べ(腐らせ=分解し)つくし、無機養分に戻して土や水に還す。枯れ木や落ち葉、動物の死骸や糞などの有機物は、キノコなどの菌類が分解して無機物へ還元し、最終的に土へと戻していき、さらにそこから生まれたそこからまた、植物によって上りの連鎖が始まり、永遠の命の循環が成立する。このように、ウンコは残りカスではなく、下りの食物連鎖の出発点に立つ、大切な命の源なのだ。
(糞土研究会より引用)


けれど人間はその大切な「ウンコ」を大量の水を使い、大量の紙を消費し、膨大な費用をかけて処理している。
人間が自然にお返しできるものはウンコだけなのに。

つまり

野糞こそは人間がなし得るもっとも崇高な行為ではないか

と伊沢氏は考えたのだ。
伊達や酔狂ではなく、大真面目な自然保護の観点からの野糞ライフなのです。

病気を介在するのではないか?というもっともな疑問もあるのだけど、作法にのっとって処理をすれば汚くはないのだと、そのスマートなスタイルについてもイラスト入りで詳細に書かれています。

なんの価値もない対象に「クソが」(失礼)と悪態をつく人間がいるけれど、とんでもない認識不足だと言わざるを得ませんね。

さらにさらに本書後半には、ウンコが土に還るまでの過程を記録するという、価値はあるんだろうけど、実際には誰もやらない(やりたくない)調査野糞報告があります。
…いやいや、もうこれ以上は本読んで下さい。
ウンコ以上に価値のある一冊だと思います。

で、その糞土師・伊沢先生のwebサイトがこちら。

糞土研究会 ノグソフィア

「野糞」と、一見遠く離れた概念のように見える「ソフィア(叡智)」との合成語。
伊沢氏の提唱する糞土による生命の循環と哲学が すべてこの一語に集約されたすばらしい言葉ではないですか。

誕生→成長→死→腐って土に還る→誕生・・・この循環こそ生命が永遠に続く自然界の基本であり、それを守ることが自然保護の真髄だった。
(糞土研究会より引用)


※以上緑の斜体部分はすべて「糞土研究会ノグソフィア」のサイトから引用させていただきました。

そして伊沢氏の素敵なところは、自然保護という気高い理由もさることながら、野糞をすることで心身の開放感を感じているという点(大事)。

…ま、感激したからといって私が野糞をするかどうかはまったくの別問題なのですが。

本書では野山で手に入りやすい、ふきとりやすく肌触り最高の葉っぱ等についても図版で解説されています。
この本を読んでしまった私は、この夏ひまわりを見たらソフィアローレンの映画だけでなく、「これがお尻のふきごこち最高のひまわりの葉っぱかあ!」という別ベクトルに思いをはせることができるはず。
世界が広がったのか、映画の美しくも悲しいイメージが相殺されてしまうのか、自分でもちょっとよくわかんないのですが、還元のサイクルにちょっと参加できたような、そんな気がしているのは間違いないのです。



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Posted by いのうえさきこ at 23:57 │