2018年04月23日

世界はダジャレでできている

年金生活。
ではなく
粘菌生活。



それがこれ。
『粘菌生活のススメ』(新井文彦著 川上新一監修 誠文堂新光社)



私のような菌類ビギナーにもわかる粘菌入門本です。

この毒々しく美しいものが、植物でも動物でも菌類でもない不思議な生物・粘菌!


「美しくて、かわいくて、不思議で、ちょっと気持ち悪くて、だけどものすごく魅力的な生きもの」(まえがきより引用)である粘菌の写真と愛で方がたっぷりで、



と静かに興奮しながらページを繰っています。

老後に不安はいっぱいですが、粘菌生活は安泰に送れそうです。

  

Posted by いのうえさきこ at 23:01常なる日々美しきものたち

2018年04月22日

おっさんずラブ

土曜ナイトドラマ『おっさんずラブ』(テレビ朝日 毎週土曜夜11時15分〜)

尊敬する上司(吉田鋼太郎)とドS後輩(林遣都)に同時に慕われる不動産会社営業マンの主人公・春田33歳(田中圭)。
というタイトル通りのドラマ「おっさんずラブ」ががめちゃめちゃ面白いです。
田中圭の動きがいちいち楽しくてかわいくて、そりゃモテるよなあ(男にだけど)と。
地上波でこういう設定のドラマを、しかも芸達者で実力派の俳優さんをキャスティングして観ることができるとは、いい時代になったものです。

描かれているのは男同士の恋愛模様ですが、人を愛おしいと思う気持ちには性別も年齢も立場にも垣根がないことを教えてくれる、あんがい正統派の恋愛ドラマです。
そして垣根はないものの、好きでもなんでもない相手に好かれてしまったら、そこはやっぱり性別も年齢も立場も関係なく、ただただ困惑するしかないという現実。

愛する人のことを知りたい、大切にしたい、特別あつかいしたい、つくしたい。
でも相手を受け入れられなければ、その愛情表現はただただつらい。逃げたい。
やさしくなんかできない。

つくづく、恋愛は人を差別するってことなんだよなあと思うのです。


  

Posted by いのうえさきこ at 16:37常なる日々美しきものたち

2018年04月21日

岡崎体育ワンマンツアー2018

「ウォール・オブ・デス」と呼ばれているモッシュの一種をご存知でしょうか。

多くはデスメタル系やハードコア系のライブが主流のようですが、ごくたまに野外フェスなどでも近いものをやってたり。

まずは観客が十戒のように左右にわかれ人の「壁」を作り



ステージ上の曲の合図でこの数十人、さらには数百人規模の観客で作った壁同士が一斉に中央に向かって突進する。



その後は想像通りというか、同じアーティストのファン同士なのになんでこんなことになっているのかっつう、非常におっとろしくも危険きわまりない阿鼻叫喚の「死の壁」モッシュなのです。

一方、岡崎体育のライブで観客がするのは「ウォーク・オブ・デス」。
左右に分かれて壁になるまでは同じですが、その後は音楽を愛する熱い心を持って中央に向かってただゆるゆると「歩く」。それが「ウォーク・オブ・デス」。




さながら壮大な「はないちもんめ」。
こうして説明していると「なんじゃこりゃ」と思う「ウォーク・オブ・デス」なのですが、これが岡崎体育の音楽を愛するファンの、ばかばかしくも美しいライブの様式美なのです。

岡崎体育ワンマンツアー「密着!謎のメンタリストRYOMAを追え!」
下は小学生女子から上は還暦すぎの男性ファンが、北は北海道、南は九州沖縄から、歌って踊って楽しむために、このZEPP TOKYO集まってきた。
2020年にさいたまスーパーアリーナ公演を実現させるため(マジ)、
どこまでもWALKしたい夜なのDEATH。

  

Posted by いのうえさきこ at 23:59ライブ

2018年04月20日

戦いすんで日が暮れて

俺たけのこ!春のキングは俺様!

とぐいぐい主張しまくる、米との分量バランスがおかしいたけのこご飯になってしまった。
けど香りがすごくさわやかで、めちゃくちゃおいしいです。


  

Posted by いのうえさきこ at 23:15常なる日々

2018年04月19日

避けられない戦いがここにある

たけのこのことだけに。



  

Posted by いのうえさきこ at 14:32常なる日々

2018年04月18日

偉人さんにつられて言っちゃった

小学生のお子さんを持つ母二人と話していて、教科書がタブレット化するかもという話題で私がまっさきに心配したことは、

偉人写真に落書きできないじゃないか。



そして今のところそれ以外のデメリットが浮かびません。

  

Posted by いのうえさきこ at 22:58常なる日々

2018年04月17日

ごまかさない焼き胡麻豆腐

人生最高の胡麻豆腐に出会ってしまった。



舌触りはやわやわとろとろ。
香ばしく焼き色をつけた胡麻豆腐は、箸で持ち上げようとするとしどけなく崩れ落ち、そこへ濃厚な胡麻だれとすり胡麻が次から次へとからまりあい
これはもうこれはもう

金胡麻のトリプルアクセルやあ〜

モデルは浅田真央選手です。

お店は打ち上げ兼打ち合わせでごちそうになった、神楽坂の割烹料理店

誠実な仕事は裏切らない。
そう思わせてくれる味でした。
  

Posted by いのうえさきこ at 22:25常なる日々お仕事

2018年04月16日

続報ことばっておもしろい

新聞連載コラム「ことばっておもしろい」(神永暁)掲載紙続報です。

岐阜新聞↓


新潟日報↓


信濃毎日新聞↓


岩手日報こども新聞↓


そして東京新聞↓やった!新聞の現物が手に入る!と思ったら…




しごとっておもしろい…ものですね。
  

Posted by いのうえさきこ at 22:02お仕事

2018年04月15日

HG愛

実家から送って来た滋賀のお米「みずかがみ」。



炊きたてももちろん好きなのですが、冷めてもたいへんおいしい。
最近はもっぱらお茶碗によそって、あえて冷まして食べてます。

「冷やめし」を食べる、だとなんとなく別の意味を持ってしまうので
わたくし、「冷やご飯」を愛するスタンスをここに小さく宣言します。



  

Posted by いのうえさきこ at 22:47常なる日々

2018年04月14日

『修羅天魔〜髑髏城の七人』Season極



「IHIステージアラウンド東京」こけら落とし公演もついに最終Season。
劇団☆新感線『修羅天魔〜髑髏城の七人』Season極を観てきました。

この『髑髏城の七人』は劇団☆新感線で長年かけられている、いのうえ歌舞伎の演目の一つ。
今回のこけら落としでは、基本同じストーリーをキャストや演出を替え「花」「鳥」「風」「月」の4シーズンに分けてほぼ一年かけて上演していたもので、新作『極』をもって無事すべてコンプリート観劇いたしました。

それぞれのSeasonにそれぞれの役者や演出の妙があって、どのシーズンがベストとかはとてもとても決められないのですが、あえてマイベストキャストを組むとしたら

捨之介:小栗旬or松山ケンイチ
天魔王:森山未來
無界屋蘭兵衛:早乙女太一
兵庫:青木崇高
狸穴二郎衛門:近藤芳正
贋鉄斎:古田新太
沙霧:清野菜名
極楽太夫:りょう


Season極のキャストは新作扱いなので上記からははずしています。
さらに早乙女太一がだんとつで所作も佇まいも美しかったので入れられなかったのですが、「月」シーズンで無界屋蘭兵衛を演じた三浦翔平もすごーくすごーく良かった!
普段TV等ではほとんどチェックしていなかっただけに、また舞台に出てくれたらぜひ観たいと思える役者さんになりました。

はああー、夢のようなキャスティングだわああ。
ただ、現実にこのキャストで上演されたとしても、それ最高!とはやっぱりならないだろうなあ、ということはわかります。
一時期巨人のスタメンが全員クリーンナップみたいな状態になってた時も、特に連勝できてた記憶ないし。

主役のようなまぶしい輝き方でなくても、自分の立ち位置で、自分にしかできない輝き方をする。時には影に徹する。それぞれのキャストがそれぞれの役割を演じきったときに、忘れ得ぬ作品になるのでしょうね。

とはいえ、やはり今日極楽太夫を演じた天海祐希はごちゃごちゃした理屈がふっとぶほどの、神々しいまでの美しさ。



観た人はすべて寿命が延びると思います。
私はどうやらまた長生きしてしまうようです。



  

Posted by いのうえさきこ at 23:59舞台

2018年04月13日

いのうえver.2

現在フジテレビ系で放映中のアニメ『ゲゲゲの鬼太郎』の第六期猫娘が完全に八頭身で美少女で私の知っている猫娘では全然ないのですが、まあかわいくなるぶんにはいい気もしなくもなく、ひるがえって私が十年一日のごとく描き続けている自分の二頭身キャラも、このままでいいのかとあふれる気持ちがおさえきれず描いてみた。



うん、変わらないものがあってもいいはず。
  

Posted by いのうえさきこ at 23:59

2018年04月12日

ことばっておもしろい



4月からスタートした新聞連載コラム『ことばっておもしろい』に漫画をつけています。
書き手は神永暁(かみながさとる)氏。
週一回連載で、各地方新聞の子ども向け紙面に掲載されているものです。

子ども向けなのでテーマとなる言葉はシンプルなものばかりなのですが、そこは大手出版社で長年辞書編集者として言葉を編んできた神永氏。
「そーなんだ!」という驚きと、にやりとさせる茶目っ気にあふれた文章で、仕事とはいえ原稿を読むのが本当に楽しみでして。
ぜひ親子で読んでいただき、日本語のおもしろさを感じてほしいのです。

ちなみにこれ↓は沖縄タイムス。


北國新聞にはこういう感じ↓に掲載されているらしいです。


共同通信の配信記事なので、どの地方新聞に掲載されているのかすべて把握はできていないのですが、思わぬ土地の新聞にひょっこり載っているかもしれません。
検索すれば一発で該当情報にあたるこの時代、そういう「たまたま」の出会い方も、おもしろいなあ、と思います。
ニュースや天気やコラムや読み物やそしてもちろん漫画まで、ありとあらゆる文字情報に速攻アクセスでき、私自身も元の世界に戻ることはもう考えられませんが、やはり紙の本で読む文章や新聞紙上で読む記事には別種の体温を感じます。



読めない漢字が山ほどあっても、新聞の上に座って夢中になって文字を拾い、漫画やイラストを目で追った。
子どもだった私が感じたワクワクを今の子ども達にも感じてもらえたら。
小さかったあのときの私にほめてもらえるような気がするのです。
  

Posted by いのうえさきこ at 22:27お仕事

2018年04月11日

喰うために働いて生きるために唄え!

怒髪天ライブ@渋谷クラブクアトロ。
「暖機運転TOUR2018 "4人は未だアイドリング中"」

アルバム発売直前で新曲もたっぷりの、きょうも濃厚な2時間15分。
感想は追記します。


  

Posted by いのうえさきこ at 23:59

2018年04月10日

上原炎上

ネームを先延ばしにしてやってきた今年の初ドームは対DeNA戦。



生上原も拝むことができましたが、瞬時で炎上。
黒星がついてしまいました。



うん、全然大丈夫。
ペナントレースはまだあと133試合もありますし。



少々のことでは動じたりしない。
いまこそ自分のなかの老人力が試されるときなのです。

  

Posted by いのうえさきこ at 23:59常なる日々

2018年04月09日

机上の富士山

窓の外には富士山。



色をいじったら昭和の絵葉書みたいな色合いになってしまった。

テーブルの上にも富士山。



ここはやはり山菜。



こごみのぬめぬめがおいしい。

左上の赤身が赤ワインに使われるぶどうの皮を食べて飼育されたというニジマス「甲斐サーモン」のお刺身。



おいしかった。

もう昨日の出来事になってしまいましたが。

いま私は自宅の机にへばりついています。
漫画描きの事件はいつだって机の上で起きているのです。
  

Posted by いのうえさきこ at 23:59常なる日々

2018年04月08日

ぎゅぎゅっとざっくり最終回

『ぎゅぎゅっと圧縮!西郷どん』最終回更新してます。



絶大なカリスマ性を誇り、人気も絶大ながら、いらんこと言いだったりもなげやりだったり、意外と迷走していたその人生。
最後にきてなんかもうやけくそとしか思えない行動をとったりする、ちょっと人まかせなところにもシンパシーを感じます。
人間くささあふれる西郷さん、ぜひ読んでやってください。

そして今夏にはなんと文庫化 決定!

幕末人物メモと小ネタ16ページもぎゅぎゅっと追加。これさえ読めば西郷さんがざっくりわかる一冊になっているはず。
発売日が決まったらまたお知らせします。
よろしくお願いします。

  

Posted by いのうえさきこ at 13:11お仕事

2018年04月07日

さめないゆめ

私にとって高畑勲監督は、自分が感性豊かな少女であると信じて疑っていなかった時期に観たTVアニメ『赤毛のアン』。

才能が偉大であるのはもちろんなのですが、年を重ねてもなお、作品作りへのあくなき好奇心をアンのように持ち続けていた。
高畑監督のなにより尊敬する部分です。

ただまあ正直なところを言うと、その後三十代になって観直した『アン』はあれ?と思うほど、騒々しくて空気読めなくてイライラする女の子で、最終的に知性と感性にあふれた大人の女性に成長するのがわかっていながら、ラストまで観続けられなかった記憶があります。
しかしさらにそのずっと後、中年になって人生3回目(正確には2回半目か)に観た『赤毛のアン』は、どういうわけかびっくりするほど愛おしい目線でアン・シャーリーを見つめる自分がいたのです。
あいかわらず妄想癖が暴走している、ちょっとめんどくさい子という認識はあるのに。

これってあれじゃない?

私がマシュウとマリラ目線の年齢になっったってことじゃない?
(どっちかというとマリラ成分多めだが)



『火垂るの墓』における、自分が「親戚の叔母さん」目線になってしまって感想が変わった名作というカテゴリーでしょうか。
あ、これも高畑監督作品でしたね。

『赤毛のアン』はオープニングとエンディング曲もいいんですよね。
大人っぽくて、瑞々しくて。



きれいごとではすまされない年にはなってしまいましたが、まだ描きたい。できれば死ぬ直前まで描いてたい。
高畑監督作品はそう思わせてくれる存在なのです。
  

Posted by いのうえさきこ at 07:43常なる日々

2018年04月06日

四月になれば彼女はPart2

ちょうど三年前の今頃、同じタイトルで帯状疱疹になった日記をアップしているのですが。
本日、タダでいれてもらった奥歯のジルコンのかぶせものに、ただならぬ違和感を覚えている私です。

いつか必ずくるであろうもっと大きなガタが来る前に、今やりたいことをやっておかねば!
と、思う、ヒノキ花粉舞い散る春の日。







というわけで、ここでおいしいもの食べながら、これから始まるお仕事の話をしてきました。
イベリコ豚の皿に添えられた野生のアスパラガスのほろ苦さに、春の芽吹きを感じます。

浮かれたっていいじゃないか。だって春だし。
   

Posted by いのうえさきこ at 21:02常なる日々

2018年04月05日

そば焼酎のそば湯割りだから体にいいはず

体にいいなら飲むしかないはず。


  

Posted by いのうえさきこ at 23:56常なる日々

2018年04月04日

ノグソフィア

少し前の日記に「ウシグソヒトヨタケ」について書きましたが、その流れでキノコ関連に興味が出て来て、今回ちょこちょこ書籍や図鑑を購入し読んでます。
その中で衝撃を受けた一冊がこれ。



くう・ねる・のぐそ
自然に「愛」のお返しを(糞土師・伊沢正名著 ヤマケイ文庫)


著者である糞土師・伊沢正名氏はキノコや変形菌の写真家として著名な方なのですが、その別名はなんと「野糞先生」。

「野糞」を生涯のテーマとし、
自ら「野糞」を実践して生きている人なのです。

伊沢氏が野糞を始めたのが24歳のとき。
40歳には独自の「伊沢流インド式野糞法」を確立させ、その後トイレを使わず1000日続けて野糞をする千日行を成就させます。
さらなる鍛錬を積んだ現在では、イレギュラーな場合をのぞき、ほぼ100%近い野糞率を誇っているらしい。

どうして、伊沢氏がアウトドアでお尻を出す行為にいたったか。
一言で言うと「無駄」だから。

腐食連鎖では、ウンコや死骸、そして枯れ木や落ち葉を食べる動物がその一部を担うが、最終的には菌類(カビやキノコ)とバクテリアがそれらをすべて食べ(腐らせ=分解し)つくし、無機養分に戻して土や水に還す。枯れ木や落ち葉、動物の死骸や糞などの有機物は、キノコなどの菌類が分解して無機物へ還元し、最終的に土へと戻していき、さらにそこから生まれたそこからまた、植物によって上りの連鎖が始まり、永遠の命の循環が成立する。このように、ウンコは残りカスではなく、下りの食物連鎖の出発点に立つ、大切な命の源なのだ。
(糞土研究会より引用)


けれど人間はその大切な「ウンコ」を大量の水を使い、大量の紙を消費し、膨大な費用をかけて処理している。
人間が自然にお返しできるものはウンコだけなのに。

つまり

野糞こそは人間がなし得るもっとも崇高な行為ではないか

と伊沢氏は考えたのだ。
伊達や酔狂ではなく、大真面目な自然保護の観点からの野糞ライフなのです。

病気を介在するのではないか?というもっともな疑問もあるのだけど、作法にのっとって処理をすれば汚くはないのだと、そのスマートなスタイルについてもイラスト入りで詳細に書かれています。

なんの価値もない対象に「クソが」(失礼)と悪態をつく人間がいるけれど、とんでもない認識不足だと言わざるを得ませんね。

さらにさらに本書後半には、ウンコが土に還るまでの過程を記録するという、価値はあるんだろうけど、実際には誰もやらない(やりたくない)調査野糞報告があります。
…いやいや、もうこれ以上は本読んで下さい。
ウンコ以上に価値のある一冊だと思います。

で、その糞土師・伊沢先生のwebサイトがこちら。

糞土研究会 ノグソフィア

「野糞」と、一見遠く離れた概念のように見える「ソフィア(叡智)」との合成語。
伊沢氏の提唱する糞土による生命の循環と哲学が すべてこの一語に集約されたすばらしい言葉ではないですか。

誕生→成長→死→腐って土に還る→誕生・・・この循環こそ生命が永遠に続く自然界の基本であり、それを守ることが自然保護の真髄だった。
(糞土研究会より引用)


※以上緑の斜体部分はすべて「糞土研究会ノグソフィア」のサイトから引用させていただきました。

そして伊沢氏の素敵なところは、自然保護という気高い理由もさることながら、野糞をすることで心身の開放感を感じているという点(大事)。

…ま、感激したからといって私が野糞をするかどうかはまったくの別問題なのですが。

本書では野山で手に入りやすい、ふきとりやすく肌触り最高の葉っぱ等についても図版で解説されています。
この本を読んでしまった私は、この夏ひまわりを見たらソフィアローレンの映画だけでなく、「これがお尻のふきごこち最高のひまわりの葉っぱかあ!」という別ベクトルに思いをはせることができるはず。
世界が広がったのか、映画の美しくも悲しいイメージが相殺されてしまうのか、自分でもちょっとよくわかんないのですが、還元のサイクルにちょっと参加できたような、そんな気がしているのは間違いないのです。

  

Posted by いのうえさきこ at 23:57